平成28年度 織田信長公居館跡の発掘調査現地説明会を開催します。

今年度の発掘調査成果がようやくまとまりました。

以下の通り、発掘調査現地説明会を開催します。

<現地説明会日程>
【公開日】 平成29年2月4日(土)
【公開時間】10時から12時まで(少雨決行)
【場所】  岐阜公園内(ロープウェイ山麓駅南側)
     ※10時より担当者による全体説明(約20分)あり
【公開当日の連絡先】
      8時30分から12時まで対応
      058-264-4480(信長公居館発掘案内所)

1.発掘調査の概要
〈所在地〉  岐阜市千畳敷(岐阜公園内)
〈調査期間〉 平成28年6月1日~平成29年2月28日(予定)
〈調査面積〉 約450平方メートル
〈調査場所〉 C地区南西部、C地区北斜面
〈調査目的〉 館の中心建物があるC地区南西部の内容確認
       C地区北側の入口、石垣の構造確認。

2.発掘調査でわかったこと
◎建物の入口部分の構造を確認 【C地区北斜面】
・下の段からC地区に至るスロープや途中の平坦部、礎石群を確認。
・入口を入って巨石に突き当たり、大きく左に折れ曲がる構造であることが明らかとなった。
・検出した礎石と平坦面は、廃城時の火災で赤く変色している。

◎谷川全体が庭園であった様子を、発掘調査で初めて確認
・居館中央を流れる谷川水路の底に、庭園のように景石が置かれている状況を確認。
・水路の底で橋脚を支えた礎石が出土。石材は58cm×37cm、厚さ28cmの川原石。上面に柱の痕跡(約20cm四方・黒色)がある。
・橋脚礎石周辺は約15cmの段差が作られている。
・周りの岩盤を含め、谷川の風景全体に庭園として見せる意識が及んでいたことを、遺構として確認できた。

◎7番目の庭園跡と弧を描く石垣を確認【C地区南西部】
・金箔瓦を葺いていた建物の裏手あたりにあたる場所
・庭園の奥に弧を描く装飾的な石垣を確認。
・池の範囲は東西5.4m以上、南北6m、深さ約15cm。
・山から流れる水を池で受け、池の北側の土坑と溝を通じて排水されたとみられる。

調査成果のまとめ
◎いままで謎であったC地区へ至る動線が、明らかになった。
⇒巨石に突き当たるという入口の構造は、信長公の前の居城である小牧山城と共通している。
◎礎石を確認したことにより、A地区とC地区を結ぶ橋の存在が確実となった。橋より上流の水路は景石を配置し、庭園風となっている。⇒周りの岩盤も含め、信長居館全体が大きな庭園であり、その中心にあたる橋の上は、上流の滝の景色や水の音などを五感で楽しめるスポットであったと考えられる。
◎7番目となる池は、遊水池としての機能がメインと考えられるが、弧を描く装飾的な石垣を見せる庭でもあったとみられる。
⇒円弧を描く石垣はやや高い場所から見ることを意識した可能性もある。

発掘調査成果のコメント
中井 均(なかい ひとし) 氏 (日本城郭史)
滋賀県立大学 教授
史跡岐阜城跡整備委員会 委員長
 C地区で確認された屋敷への入り口の構造がほぼ確認された意義は大きい。屋敷への正面には円礫を敷き詰め、門をくぐると石段があり、その正面には巨石列が配置され、直角に左に折れ曲がって屋敷地へ上るこの構造は、決して軍事的なものではなく、むしろ権威を見せるための構造だと考えられる。あるいはこれらの上部には建物があり、その内部空間であった可能性も充分に考えられる。石段を上りつめたところに巨石を配置して見せ付けるのは、信長の演出効果に他ならない。岐阜を訪れた客人もそれまでとは全く異なる居館への入り口に感嘆したに違いないだろう。

仲 隆裕(なか たかひろ) 氏 (日本庭園史)
京都造形芸術大学 教授
史跡岐阜城跡整備専門委員会委員
●谷川水路内の礎石周辺の段差は水音を出すためのものと考えられる。橋を渡るとき、足元から水音が聞こえていたと考えられ、景色とともに音も楽しむ仕掛けであったといえるのではないか。
●今回見つかった庭園は、遊水池、または給水用の池で、土坑でろ過して上澄みを流していた可能性がある。ルイス・フロイスの信長居館の記述には、多くの美しい池の庭園についての描写があり、池からは水道施設で水が供給されていたとも記述されている。今回の池はその水源の一つとも考えられる。

現説資料h28

入口部分の構造イメージ図

 

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平坦面2の礎石群

 

水路の底で見つかった橋脚の礎石

 

h28南調査区平面図

南調査区平面図