2010年01月13日
- 詳細記事
- 投稿者:
- 日時:15:28
2010年01月12日
1月6日から発掘調査を開始しました。
発掘調査現場にはお正月に降った雪が残っていましたので、作業は雪の除去から開始しました。
1月6日の現場の様子です。
現在、発掘調査区は1日中山の影になっています。
雪の岐阜公園
冠木門と岐阜城
三重塔
2009年11月18日
2009年11月13日
2009年11月12日
信長学フォーラムに続く新企画として、今年度から下記の通り講座を開催いたします。
織田信長公が岐阜に在城した1567年からの9年間、日本はこの地を中心に動きました。岐阜城のある金華山西麓には3層4階ともいわれる壮麗な「宮殿」をかまえ、岐阜から天下統一を目指したのです。
この冬、信長公とその時代に学ぶための講座「信長塾」を開催します。今年度は歴史講座を全5回の日程で行います。
第1回 平成21年12月19日(土) 「信長の城づくり―居城と陣城―」
中井 均 氏(NPO法人城郭遺産によるまちづくり協議会理事長)
第2回 平成22年1月16日(土) 「織田信長公居館の発掘調査成果」
井川祥子氏 (岐阜市教育委員会社会教育課)
第3回 1月30日(土) 「国史跡としての戦国の城」
坂井秀弥氏 (奈良大学文化財学科教授)
第4回 2月20日(土) 「信長と岐阜城下町」
仁木 宏氏 (大阪市立大学大学院教授)
第5回 3月20日(土) 「宣教師の見た岐阜の城・館・町」
高木 洋氏 (岐阜市歴史博物館館長)
受講無料
場 所 : 岐阜市歴史博物館 講堂
定 員 : 100人
時 間 : 14時~16時
申込方法: 5回連続の講座ですが、単独での受講も可能です。往復はがきに郵便番号、住所、電話番号、受講希望日を記入して社会教育課までお申込み下さ い。
1人1枚です。
申込締切:12月7日必着、申込み多数の場合は抽選を行います。
申込先 : 〒500-8720 岐阜市神田町1-11 岐阜市教育委員会社会教育課
問合せ先: 社会教育課文化財グループ(内線6357)
2009年10月13日
BⅢ区を紹介します。
BⅢ区は槻谷(けやきだに)の一番奥に位置しています。BⅠ・BⅡ区と比べて、面積が狭く、現況は西へと低くなる斜面です。
昨年度の発掘調査では、BⅡ区の東端部分で、BⅢ区から崩落したと考えられる焼土が多く見つかりました。
BⅢ区に何らかの施設が存在する可能性が考えられることからトレンチ調査を行っています。
矢印①
BⅢ区を西から見た写真です。
上の写真が今年の6月、下の写真が10月のものです。
下の写真の手前はBⅡ区で、東端の石垣が見えます。
矢印③
谷奥、東側から見たBⅢ区です。
かなり傾斜しています。

矢印④
谷の奥には砂防堤や登山道用の橋などがあります。 BⅢ区は、
それらをつくる時に広い範囲を改変しているようで、戦国時代の地面も壊されてしまっているようです。
一部で焼土や炭化物の層を確認しました。
矢印⑤
BⅢ区の中央部分では、現在の地表面から1.5m掘り下げたところで平坦な戦国時代の地面を見つけました。
地面のすぐ上からは、戦国時代の瓦が見つかりました。どんな建物?に使われていた瓦なのでしょうか。
(つづく)
2009年10月05日
第2回信長学フォーラムを開催します
開催日 平成21年11月21日(土)・22日(日)
1日目:11月21日(土)
場所 じゅうろくプラザホール
時間 午後1時~午後4時30分(開場 午後12時30分)
内容 基調講演 『変革者 信長の素顔』
小和田 哲男氏 (静岡大学名誉教授)
基調講演 『信長と岐阜城』
井沢 元彦氏 (作家)
特別演奏 岐阜市総合学園高等学校
パネルディスカッション
1日目:11月22日(日)
場所 岐阜市歴史博物館 講堂
時間 午前9時30分~正午(開場 午前9時)
内容 信長公関連遺跡発掘成果報告
※午後からは、発掘調査現場の見学会を行います(雨天中止)
★申込み方法など詳しい内容は、左上の【信長学フォーラム】
をクリックしてください。
2009年09月24日
BⅡ区の紹介のつづきです。
東側と南側は石垣によって区画されています。
矢印①
BⅡ区の南東部の写真です。
中央部分がコーナーになります。
矢印②
南東部分の石垣を角度を変えて見ています。
石垣の前、写真の中央の部分は、戦国時代の地面が見えています。
だいたい標高44.0m~45.0mくらいです。
矢印③
南辺の石垣を西から見ています。
石垣の右側には裏込め石の円礫が見られます。
石垣の奥に見える岩盤は、石垣のラインにあわせて加工しているように見えます。
今年は、この岩盤の周辺を調査しています。
矢印④
今年は、東側の石垣のつづき(北側)を調査しています。
(つづく)
2009年09月10日
今年の発掘調査地点のB地区は、昨年度までは樹木に覆われていましたが、今年の春に一部の樹木を伐採した結果、
空が見えるようになりました。
発掘調査区の上空には、ロープウェイがとおっています。
前回の発掘調査区(BⅡ区)の紹介で、「信長公居館発掘調査中」の横断幕の紹介をいたしました。
これをロープウェイからみると、こんな感じで見えます。
BⅡ区で見つかった石垣や排水施設も見えます。
現在、発掘調査現場の常時公開は行っていませんが、ロープウェイから数秒見ることができます。
(つづく)
2009年09月04日
BⅡ区の様子をお見せします。
登山道の階段を登ります。
階段の石材はチャートで、これらの中には、本来石垣の石材として使用されていたものもありそうです。
矢印②
BⅡ区を東から見た写真です。
(上の写真は現在、下の写真は平成19年の写真。)
随分、様子が違います。
矢印③
BⅡ区を東から見た写真です。
中央の「信長公居館発掘中」の横断幕は調査区の上をとおるロープウェーから見えます。
矢印④
昨年見つかった排水施設と礎石です。
現在は一部を残して埋め戻ししました。
(矢印④は現在の写真、矢印⑤は平成20年の写真です。)
矢印⑤
昨年、
排水施設を見つけた時の写真です。
一番奥の岩は、岩盤です。
(つづく)