調査日誌 7月27日
今日、東海地方が梅雨明けしました。いよいよ夏本番という感じです。
1区では、前日実測した石垣の解体を行いました。ただ北側では解体した石垣より一段階古い石垣が出てきたため、 再び写真撮影と実測する必要が出てきました。古いといってもガラスや新しい焼き物が混じっているので近代のものです。
北側では近代石垣と戦っていますが、中央から南側では戦国時代の遺構面を目指して、 直上にのっている土をいよいよ掘り下げをはじめました。
南側には炭・焼土交じりの土が残っており、これがおそらく「大道」側溝の埋土と同じ性格の火災後の整地の土と考えています。 厚さ10cmから15cmほどでしょうか。戦国時代の「かわらけ」という素焼きの土器(土師器)の破片が多く混じっています。 一部に炭化した穀物の粒がまとまって見られたので写真と位置を記録したあと土ごと取り上げました。米粒のようですが、 詳細は分析してみたいと思います。
一定範囲にしかないのですが、柱穴などの掘り穴の中に入っているのではなく、 整地の土に混じっている感じです。取り上げたあと、 遺構の中でないことを再度確認しました。
2区は壁際を一部掘り下げて土の堆積の確認をしました。結果、西側の石は新しい時期の堆積であることが確認できました。
同様に山側(東側)でも一部掘り下げた結果、30cm下で桟瓦(断面が「へ」の字の瓦)が出てきたので、 そこまでは掘り下げられることがわかりました。
出てきた桟瓦はおそらく明治時代ごろのものではないかと思われます。
- 投稿者:
- 日時:17:31

