3次調査―美濃攻略の爪あと―
1997年、 岐阜公園の山すそに庭園「信長の庭」が造られることになり、調査が行われました。
戦国時代では、 信長の稲葉山城攻略時の火災により変色した多量の陶磁器や意図的に埋めた打刀がみつかるなど、攻城の痕跡がうかがえます。他にも石垣や階段、 井戸などが確認されました。石組井戸は一部を現地に復元しています。
鎌倉・室町時代では梵鐘を作った跡や「大寺」と書かれた墨書土器、石積、 階段などが出土しました。
天文8 (1539) 年、斎藤道三によって伊奈波神社が丸山(金華山トンネルの入口部分の山) あたりから現在の場所に移されたという伝承と合わせて考えると、 もともと岐阜公園一帯には伊奈波神社に関連する寺院があったようです。
戦国時代の石組井戸
井戸を上から見たところ
戦国時代の通路と石垣
山側を石垣で区画した通路が、現在の登山道「瞑想の小道」の登り口の延長部分で見つかりました。
刀身は鞘に納められ、差表(腰に 刀を差したときの表側)を上にした状態で出土しました。柄の鮫皮、 鞘の黒漆塗りは戦国時代の一般的な打刀拵のスタイルです。出土状況からみて意図的に埋納したものと考えられます。
梵鐘(ぼんしょう)の鋳型
室町時代の石積み遺構
信長入城後(1567年以降)に行われた造成の盛土から出土した陶磁器。稲葉山城攻落時とみられる火災で一部変色しています。
左:中国産 右:国産
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- 日時:23:46








