発掘調査の目的と今年度の調査位置
岐阜公園は織田信長が館を構えた地として知られています。 ちょうどいまから440年前、 信長は美濃を治めていた斎藤道三の孫、龍興を追放し、みずからの本拠をこの地に移したのでした。 それから2年後の永禄12 (1569)年、岐阜を訪れたポルトガルの宣教師ルイス・フロイスは、その記録の中で信長の館を「宮殿」と称し、 華麗な内部の様子を紹介しています。信長居館跡の入口部分は発掘調査の結果復元整備され、現在見学することができますが、 館の姿や配置など居館の多くの部分はまだ謎のままです。
今回、 建物の位置や構造を調べる発掘調査を開始しました。発掘調査は一般公開とし、来園者のみなさんに見学していただけるようにします。 また公園北側に設けた発掘調査案内所(旧信長楽市)やホームページ等で調査成果を紹介するなど、随時情報発信してまいります。 発掘の見学とともに岐阜公園を散策することで、その歴史的魅力を再発見できるのではないでしょうか。
岐阜城下町遺跡、 岐阜城千畳敷遺跡 (信長居館跡)において、これまでに発掘されたことがない地点を中心に調査を行います。 写真、 図面及び周辺の地形測量などにより記録を作成しつつ、戦国時代の建物跡の残り具合やその深さなどを調べます。
第1区 発掘調査案内所前 (6月中旬~7月中旬)
家臣団の屋敷地と考えられる地点。
「大道」 側溝部分については8月中旬まで調査を継続します。
第2区 ロープウェー山麓駅北側 (7月下旬~9月下旬)
居館本体の一部など、重要な建物が想定される地点。
第3区 槻谷 (けやきだに)平坦地(10月上旬~12月上旬)
ルイス・フロイスの記述にある〔茶の座敷〕の説がある地点。
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