2008年08月26日
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2008年08月17日
今日も暑かったですが、昨年のことを思うとずいぶん楽に思えます。今年は日影が多いので。お盆だけあって今週は大勢の人が岐阜公園に訪れました。案内所の見学者数も一番多い時で1日で326人とこれまでの記録を更新しました。
今日は日曜日なのでいつもの半分程度の人数(14人)でA地区のみの調査を行いました。
前回書いた明治時代以降の穴はほぼ掘り終わりました。この下がどうなっているのか引き続き調査を行う予定です。
昨年、州浜の可能性がある石敷きが見つかった部分の北側の調査区です。大きな石(上の写真)の右側も広げて調査を行っていますが、一抱えもあるチャートの石が数石あるのがわかりますでしょうか?この下には粘質の面があるのですが、これが戦国時代の地面と対応するのか、また見つかった石との関係はどうなのか、検討課題がまた増えました。
2008年08月14日
A地区ではいま、明治以降の穴を掘り下げています。
実は最初見たとき、焼けた壁土が大量に見えたので、これは戦国時代の遺構かも・・・ということで慎重に調査していました。しかし、焼土層の下からは石がたくさん出土し、その中には新しい焼き物や針金が出てきてしまいました。ということで、これは明治時代以降の公園整備のときの穴だと判断して掘り下げを行っている、というわけです。
壁土は戦国時代の建物の壁のものだと思われます。周囲に建物があった可能性も考えられます。
南から見たところです。中央部分には焼けた壁土をたくさん含む赤い土が見られます。
掘ってみると、焼けた壁土を含む土は上のほうだけでした。
現在、この土と石を取り除いています。
2008年08月10日
岐阜公園内にある岐阜市歴史博物館では、8月7日から過去の信長公居館の発掘調査成果を紹介する特集展示「信長居館跡の発掘調査から」が始まりました。2階の総合展示室(常設展示)の一角で行うミニ企画展です。1次調査から3次調査までにみつかった遺物を中心に、博物館が所蔵するルイス・フロイスの手紙が掲載されている書籍「アルカラ版イエズス会士書簡集」も展示されています。
発掘調査と合わせてぜひご覧ください。
詳しくは岐阜市歴史博物館HPで
2008年08月05日
明治大帝像前のC地区では現在調査を進めると同時に、すでに見えている巨石・石垣の掃除、洗浄を行っています。
明治大帝像の北側にある巨石は2メートル以上の高さがあり、岐阜公園内でもっとも大きなものです。この石が信長公の時期に作られたものであることは以前からいわれており、今回の調査でも同じように考えていますが、その更に南側にある石垣?については明治大帝像をつくるときに新たに作られたものだと思っていました。
しかし、今のところこの石の基底部はまだまだ土に埋まっており、戦国時代の地面からつまれている可能性も出てきました。ためしに石を洗ってみると赤くなっており、焼けたような痕跡があります。石が焼けた年代は調査で特定するのは困難ですが、戦国時代の時期に作られているとすると1600年の可能性もあります。
何気なくみていたものが実は戦国時代のものだった・・・岐阜公園内にはまだまだこんな箇所が残っているのかもしれません。
明治大帝像です。この裏に石積みがあります。
写真では伝わりにくいですが、赤く変色して一部は割れやすくなっています。
その隣の巨石です。大きいです。
これも洗っているところです。