2009年03月 アーカイブ

D地区の調査成果その2

今年度も本日で終わりです。現場はいったん中止していますが、来年度も調査を継続する予定です。また決まりましたらお知らせします。

さてD地区ですが、その1でお知らせした以外にも石垣などの痕跡が見つかっています。

H20調査位置図写真の場所

2.20 016

D-7トレンチと呼んでいるC地区とD地区の境目に当たる場所です。平坦地の範囲と石垣の有無を調べるために行いました。

 2.20 004

手前にある石は上から崩れたもので、火を受けて赤く変色しています。その奥には巨石の根固めのためと考えられる石列が見つかりました。 ここは石垣ではなく巨石を用いて土留めを行っていたようです。

2.20 042

石列は緩やかな弧を描いており、ところどころに川原石を立てて使っています。これまで見つかっているものと比較すると石垣の根石ではなく、巨石を据えた根石になると思われます。当時の地面からやや上がったところにありますが、どうも当時からこのような感じだったみたいです。

この石列の上に巨石が乗っていたようですが、現在はその石はなく、裏込めの石が見えるのみです。

 

2.20 033

上方には斜面部分に階段状に石を貼り付けてたような石積みがあります。これまで、巨石の上側はどのようになっていたか調査した例はなかったのですが、今回初めて確認できました。

裏込めの石には墓塔である五輪塔(火輪)が含まれていました。斎藤道三が居城とする前、ここは寺院関係の施設があったとみられていることから、その名残なのかもしれません。

D地区の調査成果その1

なかなか更新できずに3月も半ばになりなりました。

各調査区の様子について今日からお知らせしていきたいと思います。

D地区はこれまで調査がされていなかったため、性格や平坦地の範囲などが分からなかった場所です。

H20調査位置図写真の場所

写真はD地区でも南西部に当たります。

3.4 004

りっぱな石垣が出てきました。人の背と比べてもらっても大きさが分かると思います。現状で7段くらいあります。まだまだ下に続くようですが、危険なのでここまでにとどめました。

3.4 023

石垣はおそらく信長公の時期に作られたと考えられます。敷地の南西部の境目がこれでわかりました。