D地区の調査成果その3

D地区とC地区の境目部分の調査区では石垣の痕跡があったと前回書きましたが、その上の段の平坦地(C地区に相当)では建物の礎石が見つかりました。川原石ではなくチャートの角礫を用いたもので、最初は礎石かどうか疑わしかったのですが、きれいにしてみると柱の痕跡が確認できました。

周辺からは瓦が多く出土しています。これまでに瓦はほとんど見つかっておらず、過去の調査でも山頂の天守閣周辺と門があったと考えられる部分でしか見つかっていません。そういったことを考えると、この礎石も門の礎石に当たるかもしれません。なお、瓦は信長公の時期よりは若干新しいものです。信長公の入城直後ではなく1600年に近い段階で瓦葺きが行われたと考えられます。

 

H20調査位置図写真の場所

調査位置はC地区とD地区の斜面を中心とした場所です。

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北東からみたところ。写真中央が礎石です。

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礎石は火を受けて変色していますが、柱の部分だけ焼けなかったようです。一辺約20センチの四角い形が確認できます。

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周辺からは瓦の破片も出土しました。焼けて赤くなっているものもあります。礎石・瓦とも1600年の岐阜城落城時の火災で焼けたと考えられます。