2.信長居館について アーカイブ

ルイス・フロイスがみた信長居館の庭園

2区で見つかった庭園の可能性のある遺構ですが、 岐阜の信長居館の庭については、フロイスの手紙に以下のことが記されています。3ruisufuroisu

・・・前廊の外に、庭と称するきわめて新鮮な四つ五つの庭園があり、 その完全さは日本においてははなはだ稀有なものであります。それらの幾つかには1パルモの深さの池があり、その底には入念に選ばれた清らかな小石や目にも眩しい白砂があり、 その中には泳いでいる各種の美しい魚が多数おりました。 また池の中の巌の上に生えている各種の花卉や植物がありました。下の山麓にため池があって、そこから水が部屋に分流しています。 そこに美しい泉があり、他の場所にも、宮殿の用に思いのまま使用できる泉があります。・・・・

 

ルイス・フロイス『日本史』 松田毅一・川崎桃太 訳

 

ルイス・フロイスがみた信長居館3

3ruisufuroisu 清々しさ、美しさ、清潔さにおいて、私はこの宮殿と比べられるものをみたことがありません。

宮殿の中には、 技巧を凝らして丁寧に作られている部屋や廊下、前廊、厠(トイレ)が数多くあったと記憶しています。普段は誰も入ることなく、 私たちと一緒に入った佐久間信盛殿、柴田勝家殿も宮殿内を見るのは初めてだったとおっしゃっていました。

 

 

一階は絵画と塗金した屏風で飾られた約二十の部屋があり、 その部屋の周囲には、珍しい前廊が走っています。前廊の壁は、金地に中国や日本の物語の絵を描いたもので一面満されていました。

前廊の外には、 庭と称するきわめて新鮮な四つ五つの庭園があり、他の場所にも、宮殿の用に思いのまま使用できる泉があります。

 

二階さらに美麗な内装を施した婦人部屋があり、 その周囲を取り囲む前廊は市(まち)の側にも山の側にも中国製の金襴の幕で覆われています。そこでは小鳥のあらゆる音楽が聞こえ、 きわめて新鮮な水が満ちた他の池の中では鳥類のあらゆる美を見ることができます。

 

 三階は山と同じ高さで、 一種の茶室が付いた廊下があります。それは特に精選されたはなはだ静かな場所で、なんら人々の騒音や雑踏を見ることなく、 静寂で非常に優雅であります。三、四階の前廊からは全市を展望することができます。

 

松田毅一・川崎桃太訳

「完訳フロイス 日本史2 織田信長篇2」 中公文庫2000 より引用

ルイス・フロイスがみた信長居館2

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私が信長に出会ったのは、彼 が造った新しい宮殿を見に行く途中のことです。 いつ着いたのかとたずねられ、 私の来訪を喜んでくれた様子でした。その後10人前後で宮殿に向かったのです。

 

 

「宮殿は非常に高いある山の麓にあり、その山頂に彼の主城があります。驚くベき大きさの裁断されない石の壁がそれを取り囲んでいます。 第一の内庭には、劇とか公の祝祭を催すための素晴しい材木でできた劇場ふうの建物があり、その両側には、 二本の大きい影を投ずる果樹があります。広い石段を登りますと、ゴアのサバヨのそれより大きい広間に入りますが、前廊と歩廊がついていて、 そこから市の一部が望まれます。」

松田毅一・川崎桃太訳

「完訳フロイス 日本史2 織田信長篇2」 中公文庫2000 より引用

ルイス・フロイスがみた信長居館1

 

「私たちは岐阜の市に至りましたが、人々の語るところによれば、 八千ないし一万の人口を数えるとのことでした。

 取引きや用務で往来する人々がおびただしく、 バビロンの混雑を思わせるほどで、塩を積んだ多くの馬や反物その他の品物を抱えた商人たちが諸国から集まっていました。」

 

松田毅一・川崎桃太訳

「完訳フロイス 日本史2 織田信長篇2」 中公文庫2000 より引用

 

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私の名前はルイス・フロイス、ポルトガルから来たイエズス会の宣教師デス。わたしはかつて織田信長公にキリシタンの支援をしていただくため、 岐阜を訪れました。信長の岐阜入城から2年後、 1569年6月のことです。  

 ここではみなさまに、私が書き残した手紙や著書『日本史』をもとに、そのとき訪れた信長居館の様子を紹介したいと思いマス。